仏滅2500年後 Neyya(被教導者)、Padaparama(語句最上者)の解脱戦略

目指すものがわかれば、取るべき方法は限られる。現実(=Dukkha、苦)を見つめれば目指すべきものがわかる。それは、Dukkhaからの解放。http://bit.ly/2fPFTVC/Ugghaṭitaññū(ウッガティタンニュ)、Vipañcitaññū(ウィパンチタンニュ)、Neyya(ネーヤ)、Padaparama(パダパラマ)の四衆生について:http://bit.ly/1KmGR2V

記事目次

(2017/6/16 更新)

四聖諦=苦諦、集諦、滅諦、道諦。

目指すべきもの(滅諦)が分かれば、取るべき方法(道諦)がわかる。

現状を観察すれば(苦諦、集諦)、目指すべきもの(滅諦)がわかる。

それはDukkha(苦)からの解放。

■免責事項

zhaozhou-zenji.hatenablog.com

 

■苦諦:なぜ輪廻から解脱する必要があるのか。足のすくむような深遠な輪廻の実体。

 

「涙経(Assu-sutta)」 - 相応部経典 15.1.3 

 

輪廻のなかで流された血―三十人経(Tiṃsamatta-sutta) 

 

人身受け難し(1) Dhammapada 182、爪先経(Nakhasikha sutta)

 

人身受け難し(2)―盲亀浮木の喩え(Dutiyachiggaḷayuga-sutta)

 

人身受け難し(3)―Saṃyutta-Nikāya(相応部経典)の最後のセクション「第五の生殻中略の章」

 

※参考

ブッダの言葉だけで悟る特殊な人々。

 

他ブログですが、下記Pañña-adhika sayalay様のパオ・セヤドーの法話も大変参考になります。

yamaneko.hatenablog.jp

■集諦

 

■滅諦:苦の消滅

「第一涅槃関係経 Paṭhamanibbānapaṭisaṃyutta-sutta」―ブッダが涅槃について詳細に語った経典 

 

阿羅漢の境地―雇われ人が報酬を待つように死を待つ。

■道諦

比丘は、具足戒を受けていない者に「私は預流果だ」「私は初禅に達した」などと語ってはならない。

 

解脱の十二縁起 Upanisa-sutta(ウパニサ・スッタ 縁由経)

■その他

衆生済度について―第二魔罠経(Dutiyamārapāsasuttaṃ)

■Loka Dhamma(世間法)

世界の守護者:HiriとOtappa ―Guardians of the World

■検証

スマナサーラ長老「『悟り』は日本独自の言葉」 

 

「自灯明(Attadīpā)」の本当の意味。 

 

「ブッダは輪廻転生について無記の態度をとった」説は本当か?(書きかけ) 

 

■法話、資料

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク(YouTube、Podcast版)まとめ 001~040(全)

 

パーリ語辞書

 

過去の「修行者のためのアビダンマ講座」や「原始仏教トーク」などのマハーカルナー禅師の法話を聞く方法 

 

パーリ語文字入力法 

■健康

【良記事紹介】Soyさん「長年医者に見落とされ続けた体調不良が難病だと判明した」

 

◼︎2016年

「もう二度と母体に宿らない」(慈経 Metta Sutta)―仏道修行のゴール - 仏滅2500年後 Neyya(被教導者)、Padaparama(語句最上者)の解脱戦略

 

「物質的形態を捨てて、再び生存状態にもどらないようにせよ」(スッタニパータ第五章)―仏道修行のゴール2 - 仏滅2500年後 Neyya(被教導者)、Padaparama(語句最上者)の解脱戦略

 

■2017年

避けたほうがよい指導者。(私見) 

 

脱仏教ーキリスト教とイエス・キリストの教えとが違うように……  

 

Sīmāsambheda、Vicakkhaṇa 

 

無我論(1)―ブッダが否定した我(Atta)とは? 

 

無我論(2)―我(Attan)についての無記(アーナンダ経 Ānanda-sutta)

 

無我論(3)―私とは何か?―Loke samaññaṃ(世の名称)、Vohāra(慣用語)(阿羅漢経 Arahantasuttaṃ)/イメージの裏切り

 

魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』―「本来性」「現実性」についての疑問点

 

死ぬときの“よりどころ”をつくる - 仏滅2500年後 Neyya(被教導者)、Padaparama(語句最上者)の解脱戦略

死ぬときの“よりどころ”をつくる

ある漫画の死の描写がとてもリアルでグッとくるものがある「これはガチ」「すごく怖い」 - Togetterまとめ https://togetter.com/li/1079099

 

  死ぬときは、目も見えず、耳も聞こえず、意識も朦朧とし……

  そういう状況で死んでいく。

  死ぬときに、死んで次にどこに行くかわからないというのは、ものすごく恐ろしいこと。

  私は自分の父の死に際してその恐怖の鱗片を垣間見た気がする。

 

  ダンマパダに以下のような文章がある。(岩波文庫ブッダの真理のことば 感興のことば』)

 

 f:id:Zhaozhou_zenji:20170618234434j:image

http://www.tipitaka.org/romn/

18. Malavaggo

235.
Paṇḍupalāsova dānisi, yamapurisāpi ca te [taṃ (sī. syā. kaṃ. pī.)] upaṭṭhitā;
Uyyogamukhe ca tiṭṭhasi, pātheyyampi ca te na vijjati.

236.

So karohi dīpamattano, khippaṃ vāyama paṇḍito bhava;
Niddhantamalo anaṅgaṇo, dibbaṃ ariyabhūmiṃ upehisi [dibbaṃ ariyabhūmimehisi (sī. syā. pī.), dibbamariyabhūmiṃ upehisi (?)].

 

   要するに、自分の死に際して“よりどころ”を作りなさいということだと思う。

  “よりどころ”とは善行によって作られた波羅蜜や善業などになると思う。

  自分は仏道修行に感じて、最終的な目標は解脱、涅槃だが、

  その途中の目標として、今生で如何に自分が死ぬときの“よりどころ”を確立させるかということを立てている。

   とても大切なことだと思う。

 

 

 

 

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

 

 マハーカルナー禅師の原始仏教トーク No.037「生きる技術と死ぬ技術 ~より善い転生を迎えるために~ 第一回」 出家修行と在家修行 - YouTube