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仏滅2500年後 Neyya(被教導者)、Padaparama(語句最上者)の解脱戦略

目指すものがわかれば、取るべき方法は限られる。現実(=Dukkha、苦)を見つめれば目指すべきものがわかる。それは、Dukkhaからの解放。http://bit.ly/2fPFTVC/Ugghaṭitaññū(ウッガティタンニュ)、Vipañcitaññū(ウィパンチタンニュ)、Neyya(ネーヤ)、Padaparama(パダパラマ)の四衆生について:http://bit.ly/1KmGR2V

人身受け難し(1) Dhammapada 182、爪先経(Nakhasikha sutta)

Khuddaka-Nikāya 小部経典 Saṃyutta-Nikāya 相応部経典

 人間としてこの世に生を受けることの難しさ、仏の教えに出会うことの難しさは、様々な経典で語られている。

 爪先経は、以下の様な内容である。

 大地の土と爪の先にのせた土とでは、大地の土の量が圧倒的に多く、爪の先にのせた土は比べるまでもなく極少量である。そして、人間に生まれる者もこの爪の先端にのせた土のように極少量であり、それ以外の境涯に生まれる者(ここで想定されているのは、おそらくApāya=地獄、餓鬼、畜生、修羅の四悪趣)は大地のように圧倒的多数である。という経典である。

 

182.
Kiccho manussapaṭilābho,

kicchaṃ maccāna jīvitaṃ;

Kicchaṃ saddhammassavanaṃ,

kiccho buddhānamuppādo.

 

人間の身を受けることは難しい。

死すべき人びとに寿命があるのも難しい。

正しい教えを聞くのも難しい。

もろもろのみ仏の出現したもうことも難しい。

中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』岩波書店 p.36)

 

Khuddaka-Nikāya Dhammapada 182

小部経典 ダンマパダ 182

 

※Kiccha (a)困難な、難しい。

 

 

2. Nakhasikha suttaṃ

224. Sāvatthiyaṃ viharati. Atha kho bhagavā parittaṃ nakhasikhāyaṃ paṃsuṃ āropetvā bhikkhū āmantesi – ‘‘taṃ kiṃ maññatha bhikkhave, katamaṃ nu kho bahutaraṃ, yo vāyaṃ [yo cāyaṃ (bahūsu)] mayā paritto nakhasikhāyaṃ paṃsu āropito ayaṃ vā [yā cāyaṃ (syā. ka.)] mahāpathavī’’ti?

‘‘Etadeva, bhante, bahutaraṃ yadidaṃ mahāpathavī. Appamattakoyaṃ bhagavatā paritto nakhasikhāyaṃ paṃsu āropito. Saṅkhampi na upeti upanidhimpi na upeti kalabhāgampi na upeti mahāpathaviṃ upanidhāya bhagavatā paritto nakhasikhāyaṃ paṃsu āropito’’ti.

‘‘Evameva kho, bhikkhave, appakā te sattā ye manussesu paccājāyanti; atha kho eteyeva bahutarā sattā ye aññatra manussehi paccājāyanti. Tasmātiha, bhikkhave, evaṃ sikkhitabbaṃ – ‘appamattā viharissāmā’ti. Evañhi vo, bhikkhave, sikkhitabba’’nti. Dutiyaṃ.

http://www.tipitaka.org/romn/cscd/s0302m.mul8.xml

 

[あるとき世尊は]サーヴァッティに滞在されていた。

そのとき世尊は、少量の土を爪の先端にのせて、比丘たちに話しかけられた。

「比丘たちよ、あなたたちはどう思いますか。私が爪の先端にのせた少量の土とこの大地とでは、どちらがより多いでしょうか?」

「尊師よ、大地のほうが多いです。世尊が爪の先端にのせた土は極少量です。世尊が爪の先端にのせた土は少量であり、大地に比べて、計量するにも及びません。比較するにも及びません。小部分にも及びません」

「比丘たちよ、これと同じように、人の世界に再生するものはわずかであり、人以外の世界に再生する生けるものは多いのです。

比丘たちよ、それゆえここで、『私たちは不放逸に生活すべきである』と、このように学ぶべきです」

中村元監修『原始仏典 相応部経典』より訳文を作成)

 

Saṃyutta-Nikāya 2.Nidānavaggo  9. Opammasaṃyuttaṃ 2. Nakhasikhasuttaṃ

相応部経典 2.因縁篇 9.譬喩相応 2.爪先経

 

※Nakha 爪 Nakhasikhā 爪の先端、爪頂

※Appamatta 不放逸の 

 

 ほとんどの現代人は、そもそも輪廻転生を信じていない、死後は無に帰すという考えのUcchedavāda(断滅論)を信仰するUcchedavādin(断滅論者)であることを考えると、この経典を読むといろいろ考えてしまう。

 

zhaozhou-zenji.hatenablog.com

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