仏滅2500年後 Neyya(被教導者)、Padaparama(語句最上者)の解脱戦略

目指すものがわかれば、取るべき方法は限られる。現実(=Dukkha、苦)を見つめれば目指すべきものがわかる。それは、Dukkhaからの解放。http://bit.ly/2fPFTVC/Ugghaṭitaññū(ウッガティタンニュ)、Vipañcitaññū(ウィパンチタンニュ)、Neyya(ネーヤ)、Padaparama(パダパラマ)の四衆生について:http://bit.ly/1KmGR2V

記事目次

(2017/6/16 更新) 四聖諦=苦諦、集諦、滅諦、道諦。 目指すべきもの(滅諦)が分かれば、取るべき方法(道諦)がわかる。 現状を観察すれば(苦諦、集諦)、目指すべきもの(滅諦)がわかる。 それはDukkha(苦)からの解放。 ■免責事項 zhaozhou-zenji.ha…

その言葉の意味を本当に理解しているのか?

昔、法友の方が「ある言葉を本当に理解しているかは、結局、中学2年生にも説明できるかどうかなんだ」と言われていた。 つまり、自分で、わかっているつもりでも、中学2年生がわかるように説明できなければ、本当は自分でも理解していないということだ。 高…

鈴木一生さん(日本テーラワーダ仏教協会初代会長)ご逝去。

2017年7月19日(水)。 日本テーラワーダ仏教協会初代会長である鈴木一生さんが71歳でご逝去されました。 謹んでご冥福をお祈りいたします。 鈴木一生さんは、日本テーラワーダ仏教協会をスマナサーラ長老と創設し、日本のテーラワーダ仏教の普及に尽力され…

死ぬときの“よりどころ”をつくる

ある漫画の死の描写がとてもリアルでグッとくるものがある「これはガチ」「すごく怖い」 - Togetterまとめ https://togetter.com/li/1079099 死ぬときは、目も見えず、耳も聞こえず、意識も朦朧とし…… そういう状況で死んでいく。 死ぬときに、死んで次にど…

魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』―「本来性」「現実性」の議論についての疑問点

魚川祐司氏『仏教思想のゼロポイント』について。 ものすごくかんたんに言ってしまうと、「本来性」「現実性」の議論について、凡夫と覚者とでは、世界が、あるいは、世界の見方が、違うのではという素朴な疑問です。覚者といっても、いろいろあるので、『仏…

無我論(3)―私とは何か?―Loke samaññaṃ(世の名称)、Vohāra(慣用語)(阿羅漢経 Arahantasuttaṃ)/イメージの裏切り(書きかけ)

ルネ・マグリット「イメージの裏切り」(1929年) 上の絵には、パイプの絵の下にフランス語で「これはパイプではない」と書かれている。 これはどういうことだろうか? ============================= 私とは何か? まず第一に「私」とは「言葉」であると言え…

Sīmāsambheda、Vicakkhaṇa

Sīmāsambheda、Vicakkhaṇa。 個人的に重要な言葉です。 あんまりピッタリとした訳はありませんが、こういう言葉は、パーリ語のまま理解して覚えておいた方が、誤解が少なそうだと思いました。 sīmāsambheda palidictionary.appspot.com パオ・セヤドー『智慧…

「仏教」という概念の囚われから脱するーキリスト教とイエス・キリストの教えとが違うように……

https://twitter.com/irrtenko/status/801431614723006464 河出文庫『ヨーロッパ中世(9)』読書メモ・現在「キリスト教」と思われているものは、キリストの死後約千年ほどかけて、ゆっくり形成されてきたもの。・日曜のミサ、告解、聖体拝領なども、最初か…

精神世界で避けたほうがよい指導者。(私見)

精神世界の指導者の話です。 私の経験からの個人的な意見です。 どういう指導者がよいかというのは、難しいので、逆にこれは避けておいてほうがよいという指導者の特徴を考えてみます。 ・増上慢。・言行不一致(言葉とやっていることが対応していない)。自…

免責事項

免責事項 本サイトに掲載している情報の正確さには万全を期していますが、本サイト管理者は利用者が当サイトの情報を用いて行う一切の行為について、何ら責任を負うものではありません。 また、本サイトに掲載している情報は、事前の通知なしに、削除・変更…

慈経 Metta Sutta(書きかけ)

8. Mettasuttaṃ 143.Karaṇīyamatthakusalena, ●Karaṇīyam(〜すべき) ●attha(意味のあること) ●kusalena(巧み、善い) ●atthakusalena(自分の目的を知っている者、意味あるものを目指す人) yanta santaṃ padaṃ abhisamecca;Sakko ujū ca suhujū [sūjū …

衆生済度について―第二魔罠経(Dutiyamārapāsasuttaṃ)

Saṃyuttanikāya 1.Sagāthāvaggapāḷi 4. Mārasaṃyuttaṃ 5.Dutiyamārapāsasuttaṃ 相応部経典 1.有偈篇 4.悪魔相応 5.第二魔罠経 ‘‘Muttāhaṃ, bhikkhave, sabbapāsehi ye dibbā ye ca mānusā. Tumhepi, bhikkhave, muttā sabbapāsehi ye dibbā ye ca mānusā. Ca…

無我論(2)―我(Attan)についての無記(アーナンダ経 Ānanda-sutta)

ブッダは「諸法無我(Sabbe dhammā anattā)」を説かれます。 しかし、我(Atta)自体の存在の有無については、無記(Avyākata)ということのようです。 下記の「アーナンダ経(Ānanda-sutta)」の要点を書きます。 「我があるか?」→ブッダ「(沈黙)」(無…

無我論(1)―ブッダが否定した我(Atta)とは?

ブッダの言葉 279.‘‘Sabbe dhammā anattā’’ti, yadā paññāya passati;Atha nibbindati dukkhe, esa maggo visuddhiyā. ダンマパダ 279 あらゆる法は、無我なり(Sabbe dhammā anattā)、と 智慧を持って観るときに かれは苦を厭い離れる これ清浄にいたる道…

マハーカルナー禅師の原始仏教トーク(YouTube、Podcast版)まとめ 001~040(全)

公式Blog http://gbtalk.b33.coreserver.jp/podcast/wordpress/ 公式YouTubeページ www.youtube.com スマホでYouTubeのページを見た時、タイトル部分が見れないので、個人的メモです。 公式Blogの記事にリンクしています。 001 諸悪莫作・衆善奉行 ~悪いこ…

「ブッダは輪廻転生について無記の態度をとった」説は本当か?(書きかけ 11月26日更新)

輪廻転生について、ブッダは「無記」の態度をとったという話がありますが本当でしょうか? 結論からいうと、これは、経典解釈としては、誤りのようです。 ブッダが、無記(Avyākata)の態度をとったのは、渇愛を滅した阿羅漢の死後について。 渇愛のある衆生…

比丘は、具足戒を受けていない者に「私は預流果だ」「私は初禅に達した」などと語ってはならない。

Buddhābhivādanā 礼拝文Namo tassa bhagavato, arahato, sammā-sambuddhassa.阿羅漢であり、正等覚者である、かの世尊に礼拝いたします。Bhājemi Pūjā 廻向偈Idaṃ me puññaṃ āsavakkhayā' vahaṃ hotu.この功徳によって、煩悩の滅尽が実現しますように。Idaṃ …

阿羅漢の境地―雇われ人が報酬を待つように死を待つ。

1001.‘‘Nābhinandāmi maraṇaṃ, nābhinandāmi jīvitaṃ;Nikkhipissaṃ imaṃ kāyaṃ, sampajāno patissato. 1002.‘‘Nābhinandāmi maraṇaṃ, nābhinandāmi jīvitaṃ;Kālañca paṭikaṅkhāmi, nibbisaṃ bhatako yathā. 1001.(1002) 〔わたしは〕死を喜ばない。〔わた…

「物質的形態を捨てて、再び生存状態にもどらないようにせよ」(スッタニパータ第五章)―仏道修行のゴール2

物質的形態を捨てて、再び生存状態にもどらないようにせよ。(Jahassu rūpaṃ apunabbhavāya) 渇愛を捨てて、再び迷いの生存にもどらないようにせよ。(jahassu taṇhaṃ apunabbhavāyā) これも、「Dukkha(苦)からの解放は、肉体と渇愛を捨てさって、もう二…

「もう二度と母体に宿らない」(慈経 Metta Sutta)―仏道修行のゴール

「もう二度と母体に宿る(輪廻を繰り返す)ことはありません。(na hi jātuggabbhaseyya punaretīti)」 (Suttanipātapāḷi 1. Uragavaggo 8 スッタニパータ 1章8 Metta Sutta(慈経)) 「この世とかの世とを共に捨て去る jahāti orapāraṃ」スッタニパータ第1…

スマナサーラ長老「『悟り』は日本独自の言葉」

日本語で、「悟り」というが、パーリ語ではなんというか。 似た言葉はあるが、日本語の「悟り」にぴったりあてはまるパーリ語はない。 ブッダは「悟り」なんておっしゃられていないというスマナサーラ長老のお話。 スマナサーラ長老のかなり鋭い指摘だと思う…

【良記事紹介】Soyさん「長年医者に見落とされ続けた体調不良が難病だと判明した」

dsj.hatenablog.com 去年、はてなで話題になっていた記事。 Soyさんは、原因不明の体調不良で、なかなか医者にも、原因がわからなかったのだが、「ACTH単独欠損症(続発性副腎不全)」という病気であることがわかり、その治療をした途端、長年の体調不良が好転…

過去の「修行者のためのアビダンマ講座」や「原始仏教トーク」などのマハーカルナー禅師の法話を聞く方法

過去のマハーカルナー禅師の法話を聞く方法です。 http://paauk.jp/2_1_uposatha.html 過去の法話やアビダンマに関して こちらは日曜瞑想会か原始仏教トークに参加し、以下の3項目を満たすことで受講が可能になります。 修行者名簿のご提出 会場で上映される…

Satiの力で過去世の記憶を蘇らせる

Buddhābhivādanā 礼拝文Namo tassa bhagavato, arahato, sammā-sambuddhassa.阿羅漢であり、正等覚者である、かの世尊に礼拝いたします。Bhājemi Pūjā 廻向偈Idaṃ me puññaṃ āsavakkhayā' vahaṃ hotu.この功徳によって、煩悩の滅尽が実現しますように。Idaṃ …

世界の守護者:HiriとOtappa ―Guardians of the World―

Buddhābhivādanā 礼拝文Namo tassa bhagavato, arahato, sammā-sambuddhassa.阿羅漢であり、正等覚者である、かの世尊に礼拝いたします。Bhājemi Pūjā 廻向偈Idaṃ me puññaṃ āsavakkhayā' vahaṃ hotu.この功徳によって、煩悩の滅尽が実現しますように。Idaṃ …

Satiの定義

Buddhābhivādanā 礼拝文Namo tassa bhagavato, arahato, sammā-sambuddhassa.阿羅漢であり、正等覚者である、かの世尊に礼拝いたします。Bhājemi Pūjā 廻向偈Idaṃ me puññaṃ āsavakkhayā' vahaṃ hotu.この功徳によって、煩悩の滅尽が実現しますように。Idaṃ …

人身受け難し(3)―Saṃyutta-Nikāya(相応部経典)の最後のセクション「第五の生殻中略の章」

Buddhābhivādanā 礼拝文Namo tassa bhagavato, arahato, sammā-sambuddhassa.阿羅漢であり、正等覚者である、かの世尊に礼拝いたします。Bhājemi Pūjā 廻向偈Idaṃ me puññaṃ āsavakkhayā' vahaṃ hotu.この功徳によって、煩悩の滅尽が実現しますように。Idaṃ …

人身受け難し(2)―盲亀浮木の喩え(Dutiyachiggaḷayuga-sutta)

一部では有名な盲亀浮木(もうきふぼく)の喩え。 これの原典もSaṃyutta-Nikāyaにあった。 これも人身受け難きこと、ブッダの説かれた正法の聞き難きを説いた教えである。 まず、地球の大地(mahāpathavī)すべてが一面の海(ekodakā)であると仮定する。 そ…

人身受け難し(1) Dhammapada 182、爪先経(Nakhasikha sutta)

人間としてこの世に生を受けることの難しさ、仏の教えに出会うことの難しさは、様々な経典で語られている。 爪先経は、以下の様な内容である。 大地の土と爪の先にのせた土とでは、大地の土の量が圧倒的に多く、爪の先にのせた土は比べるまでもなく極少量で…

「第一涅槃関係経 Paṭhamanibbānapaṭisaṃyutta-sutta」―ブッダが涅槃について詳細に語った経典

Nibbāna(涅槃)とは、単に煩悩がなくなった状態という説がいる。 しかし、ここでは、ブッダははっきりと、単に煩悩がなくなったというのではなく、tadāyatana(そのようなところ)=Nibbānaがあるとおっしゃられている。 tadāyatana(そのようなところ)と…

輪廻のなかで流された血―三十人経(Tiṃsamatta-sutta)

以前は、「輪廻の中で流された涙は四大海の水より多い」という相応部の「涙経」を写経した。 <a href="http://zhaozhou-zenji.hatenablog.com/entry/2015/03/03/225049" data-mce-href="http://zhaozhou-zenji.hatenablog.com/entry/2015/03/03/225049"&g…

解脱の十二縁起 Upanisa-sutta(ウパニサ・スッタ 縁由経)

このUpanisa-suttaのUpanisaとは、ウパニシャッド哲学のウパニシャッドと同じ語源である。ともに「近くに座す」の意味だ。 ウパニシャッドのほうは、「師の近くに座す秘伝」のような意味合いがあるらしい。 このUpanisa-suttaのUpanisaは、どちらかというと…

ブッダの言葉だけで悟る特殊な人々。

現在では、仏道において、Sotāpanna(預流果)、Arahat(阿羅漢)などに達し、解脱涅槃を達成しようと思うと、Samatha/Vipassanā(止観)の瞑想をするという話になる。 しかし、パーリ経典を紐解くと、瞑想せずとも、ブッダの説法を聞いただけで、あるいは、…

パーリ語辞書 ver 0.05

(使用する場合の注意) ・これは私の個人的なメモです。 正確さには気をつけていますが、間違いがある可能性がありますのでご了承ください。 使用する場合は、自己責任での使用をお願いいたします。 正確さを期すには、 ここ 巴利语辞典 Pali Dictonary や …

パーリ語文字入力法

コメントで質問があったので、ここにも書いておきたいと思います。 パーリ語「入力」法とタイトルでは書きましたが、私は、以下に紹介するパーリ語がのっているサイトを利用して、Copy and Pasteしています。 文字コードを利用して、キーボードで入力するや…

「自灯明(Attadīpā)」の本当の意味。

ブッダの言葉である「自灯明(Attadīpā)」について。 結論から言えば、「自灯明の実践=「Satipaṭṭhāna(サティパッターナ、四念処)の実践」である。 それゆえに、この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりど…

「涙経(Assu-sutta)」 - 相応部経典 15.1.3

ブッダ: 比丘たちよ、長時にわたり、そなたたちに、母の死が経験されています。 それゆえ、母の死を経験し、快くないものとの出会いにより、快いものとの別離により、号泣し、泣いてきたそなたたちに流れ、漏れ出た涙こそ多く、四大海の水の比ではありません…

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